INTERVIEWアーティスト・クリエイターズインタビュー

太刀川 英輔

アーティスト・クリエイターが彩る色彩の世界

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社会的意義を踏まえたデザインで活躍するデザイナーが語る、〈色〉への飽くなき探究心とは?

太刀川さんは慶応義塾大学理工学部建築学科卒業で、隈研吾さんの研究室に在籍してらしたんですよね。建築家志望からデザイナーに心変わりしたというエピソードは重要だと思うので、まずは当時のことを聞かせてもらえますか?

僕の大学時代はオランダ建築がすごく隆盛していて、ある種、ダイアグラム的に周りの状況を読み取った数値的なデータから作る建築が流行していたんですね。ある意味ではテトリス的な建物が、レム・コールハースやMVRDVといった建築家たちから生み出されていて。僕は建築が好きだったから実際に観に行くんですよ。ところが、どうにも心地良くないというか。論理の積み上げで作ったということと、身体感覚として我々がそこに対して感じているものに、随分と齟齬がある気がしていて。その身体性と概念的、論理的には正しいはずのもののズレって何だろう?と考えるようになったわけです。

客観的な数値に基づいた建築のどんな部分に違和感を覚えたのでしょうか?

ある状況を一つの問いかけから断片的に切ることで、極論が浮かび上がってくるわけです。けれど、僕らが感じているセンサーはもっと複合的なもので、匂いと一緒に視覚と聴覚といった感覚を同時に働かせて、そのものが何かを本能が察知しているんです。そんな複雑な感覚に対して、テトリス的な断片の極論というのは、あまりにも軽薄ではないかと。そこで、学生時代に建築学会で身体と体感についてのワークショップを開くことにしたんです。建築家の方にも来て頂きましたが、それよりも、音の専門家、光の専門家、空間の奥行きの専門家、風景についての研究者などの方々をお呼びして、身体感覚を拡張化して自分の体にある感覚を分解していった時に、その一つ一つを別々のワークショップで体験できるような一日を作ったんですね。

建築の枠に収まらない大胆な試みですね。

そこで何をやりたかったかというと、建築と人間との関係の中に、その身体性みたいなものが絶対に出てくると思ったんですよね。感覚という部分に戻った時に、どのようなことが現れるのか。それは昔の建築では考えられていたかもしれないし、今の建築はそうではないといえば嘘になるけど、それについて論じることはとても価値があるんじゃないかって。そのワークショップがとても良かったんですよ。僕としては「学生やりきったぜ!」という達成感がありました(笑)。

ご自身の掲げる建築家像が固まった瞬間でもあると思うのですが、なぜデザイナーを志したのでしょうか。

僕の中に大きな問いが残ってしまったんです。建物を作りたいのか、人と建築の関係のデザインをやりたいのか。どうにもこの関係性の部分が面白そうだし、いい建築をいい建築とたらしめているのは、どうやらそこにあるということが分かったわけです。建物をいかに格好よく作るかよりも、自分たちと関係がよいものを作ったほうがいいデザインに近いのだとすると、その関係性は「建物」だけに属していなかったんです。机でも、椅子でも、グラフィックのデザインでも関係性を考えることができそうだと思えたら、「デザインというのは、この関係性の話なのか」って、すっと腑に落ちたんですね。それで「いつか建築はやりたいが、建築よりも小さいものから、その関係性というものを考えてみよう」と思うようになって。

その関係性を早く試せるのがデザインだった。

そうです。建築は完成までに数年かかるけれど、プロダクトは早くて2〜3日で完成するものもある。大学院の途中でそれに気が付いて、卒業する時には、完全にデザインでいこうと決めていました。

デザインの関係性という視点で共感できるデザイナーはいますか。

いっぱいいます。現代のデザイナーは皆、同じ禅問答の中で「あれはこうでない、こうである」というふうに語っているのかもしれません。関係性の話を「それは人とのコミュニケーションだ」と言うデザイナーもいれば、ある人は「それは機能美だ」と言い換える人もいる。僕の中でその類の話は、見る角度で違うということだと思っているので、全部関係性の話に聞こえます。だからある意味、共感できるデザイナーはたくさんいるのですが、。ただやっぱり、イームズには憧れます。

イームズ夫妻のどんなところに惹かれますか?

あの人たちが半端ないと思うのは、建築家、デザイナーでありながらも映像の編集者でもあって、企業にデザインコンサルティングを取り入れたパイオニアでもあり、軍需の時にはソーシャルデザインもやっていて。しかも、デザインイノベーションを当時の最先端の技術でやっているんですよ。すごい。いまデザイナー像に求められていることの大半をやっていると思います。。しかもそれが、西海岸から出てきた。シリコンバレーのムーブメントが盛り上がってきて、そこからインターネットみたいな世界を変える発明が出てきていることとも系譜が一致する。50年前に、IBMのコンサルティングをしていたのがイームズだと考えると、ど真ん中でかっこよすぎますよね。

例えば、デザインを施してアウトプットされたものには、「スタイリッシュだ」とか「洗練されている」といった印象が伴いますよね。視覚的なところから色に関連した質問を聞きたいのですが、太刀川さんのワードローブは、今日のように黒で統一されていますが、ご自身の好きな色も黒なのですか?

これがそうでもなくて、虹色とかが好きです。自然現象がそのまま色になっているような、夕暮れに赤から濃紺にグラデーション掛かった色。今みたいにカメラレンズを向けられた時って、レンズの反射した色がすごく綺麗じゃないですか。そういう色が好きですね。

じゃあ、普段身に纏っているものはご自身のポリシーですか。

僕はNOSIGNERを始めた時に黒子でいこうと思ったんです。何か関係性を観察したり見つけたりする人で在りたかったので、それで黒にしようと(笑)。でも黒は綺麗ですよね。一番肌理を拾う色なんですよ。艶の白とマットの白の差分はあまり感じられないけれど、黒の差分ってものすごく感じるんですよ。例えば、黒の艶のところに傷を付けたら、白よりも遥かに分かってしまう。だから、その肌理がすごく出る色としては黒が好き。つまり、それは色というよりは、テクスチャーが好きなんですよね。

いま仰っていたレンズの反射した色はグラデーションで構成されていますけど、例えば、マジックアワーと呼ばれるような夕暮れは、誰もが綺麗だと認識しますよね。

その感覚が知りたいんですよね。東京大学の『SYNAPSE』という、光についての広報誌をアートディレクションしたことがあるのですが、例えば、ニュートンとゲーテは色彩論が違うんですね。どう違うかというと、ニュートンは光を物理現象として捉えていたんですよ。一方で、ゲーテは人間の脳みそがジャミングして、その感覚の中で色が立ち現れるのであろうと捉えていた。要するに、止まっているエスカレーターに乗ろうとした時に、「あ、気持ち悪い」となってしまうような感覚に近いものが色でも起こっていて。だから色って、ずっと補色を見続けていると、その後の視界が逆の色合いに染まってしまうじゃないですか。ゲーテは、ああいう人間の目と脳の機能に根ざしているという色彩論を展開していたんですよね。

一点を集中して見続けた後に、瞼の裏が赤一面に染まるのと同じ現象ですよね。

そうですね。さっきの夕暮れの感覚に近いんですけど、人間ではなく動物的という意味で、僕らの一般感覚ってなんだろう?と考えていて。僕は、そこには美が繋がっているはずだと思っているんですよ。例えば、「SYNAPSE」で友人の研究者が生物の視覚世界を述べているページがありますけど、ある花は僕らには全て一色に見えるけど、蝶には根本が全然違う色のツートンカラーに見えるんです。蝶の色相というか、感受性の領域で見ると。要するに、その花は虫のために綺麗になったのであって、人間が見ているよりも、虫が見ている方が綺麗にできているというんですよ。それは僕らからすると不思議な話で、僕らは花を綺麗だと思っているけど、花は人間が誰かに贈るために綺麗になったわけではなくて、虫が飛んでくるために綺麗になったわけですよね。ということは、虫は絶対に綺麗だと思って花に近付いているんですよ。つまり、虫にもデザインが分かるということなんです。

その色彩論の展開はかなり興味深いですね。

それがどういうことなのかを偉そうに語れることは何一つないのですが(笑)、そういった感覚に近いものが、何かものを作っている時に見える瞬間があって、それが嬉しいんですよね。僕らの共感覚をグサッと刺してくるようなもの。それは、僕らがつい何をしてしまっているかというのを観察するようなところから出てくると思うんですけど、その共感覚の通りに何かを作りたいのかもしれないですね。

太刀川さんはグラフィック・プロダクトデザインの領域だけでなく、科学技術・教育・地場産業・新興国支援にも関わっていますが、今まで発表してきたプロジェクトの中で、色を題材にしたものはありますか?

ミラツクというNPOのロゴは、色んな人種の肌の色から取っていますね。対話の場を作ることがテーマのNPOなので、集まった人の中に共通のやりたいことや意志が生まれて、人が一つになっていくようなイメージで作りました。それは人種やその人の属性を越えているような状況かもしれないけど、その人の中に何かが生まれて渦になっていく瞬間を作りたかったんです。逆に、全く色がないことが色になったというものもありますよ。香港の街で使われているグラス1000個ぐらいに並々と水を注いで、それに光を照射したものなんですけど、透明であるものの集まりから無数の色が出てくるのは、とても面白い現象ですよね。

社会との関係性に興味を持つ太刀川さんが、アートディレクションやデザインという役割の中で、どんな視点で色に接しているのか興味があります。

12色相関で調和するのではなくて、複数の色が一緒にいていいような状態があって、例えば木を見れば、茶色と緑が一緒にいていいんだということが分かりますよね。自然のものって凄く参考になると思っていて、どこかで人はその色の表れ方に対して、自分が経験してきた現象を繋いで考えているところがあると思うんです。だから、赤は情熱的だと感じることがあるし、青は少し冷静な色だと感じる。それは、冷静な体験が青、情熱的な体験が赤に紐づいているという一般感覚を持っているからなんですよ。当たり前のことなんですけど、あるプロジェクトを森の中にいるみたいにしたいのならば、単純に森の中から色を拾ってくればいいのだと思います。

シンプルに写真から色を拾うこともありますか?

ありますね。こんな雰囲気という写真から、色をそのままスポイトで吸い上げて、それで作ってしまうことも。例えば、これはおそらくボロナイトだと思うんですけど、紫と黄色と青と、ちょっとグレーが入っていて、反射光で変わるんですけど、この色のバランスを元にメタリックのブルー、パープル、ゴールド、グリーンを組み合わせたら、何かかっこいいものが出来そうな予感がしますよね。この無限に色があるものを作れと言われても無理だなと思いますけど、それにしても結構、色が調和して見えるのは何故なんでしょうね。

たしかに。不思議と統一感がありますね。

そういうことに興味があるんですよ。だから、色はコンセプトと不可分だと思っていて。その表したい質の部分がそのままイメージになったものが最適な色を持っているはずだから。例えば、日本の美を象徴したいのならば、神社の結婚式から色を拾うかもしれませんし、もっと自然に紐づいているものだとしたら、色を拾う対象は森なのかもしれませんよね。そうやって僕らの中には、無意識に色と状況が紐づいているはずだから、色を選んでいくということと色自体の調和は、僕らの意識の中にあるのだと思いますよ。果たして、科学的にそうなのかは分からないけれども。

色への好奇心が尽きませんね。太刀川さんは、色の基礎研究や現象的な側面にすごく興味を持っている方なんですね。

それこそインクを作ってみたいですね。体験に変換できて、色の世界観が変わってしまうような、すごく不思議なインクを。きっとインクを作る仕事って面白いですよね。何色を作りたい以上に、色自体のことを考えられるから。結局僕は、色の必然性を見つけたいんだと思います。それが見つからないならば、白でも黒でもいいという話になるんですよ。でも必然性があるから、自然界に真っ白なものと真っ黒なものがほとんどないはずであって。何か意味があるからそうなっている。その何かが分からないから、必然性がないように見える。だから僕は意味を知りたくなるんですよ。きっと色にはたくさんの可能性があります。真っ黒な服を着て話すと、説得力がないのでしょうけど(笑)。

貴重なお話ありがとうございました。



プロフィール

太刀川 英輔 / デザイナー

nosigner.com

「見えない物をつくる職業」という意味を持つデザイン事務所NOSIGNERの創業者。 デザインによるソーシャルイノベーションを志し、科学技術・教育・地場産業・新興国支援など、社会的意義を踏まえたデザイン活動を続けている。プロダクトデザイン・アートディレクション・空間デザインなど複数の領域で国際的に高い評価を受けている。被災地で役立つアイデア・デザインをwikipedia形式のwebで共有する「OLIVE PROJECT」代表。

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