駕籠 真太郎
アーティスト・クリエイターが彩る色彩の世界

見たこともない衝撃的な絵で世界を驚嘆させる漫画家、駕籠真太郎さんが辿り着いた「色」の奇想ワールドとは——?
2014年度の『Tokyo Designers Week』にて、東洋インキのブースを独自の奇想ワールドで来場者と共に彩ることが決定した「奇想漫画家」駕籠真太郎さん。国内外であまねく活躍する駕籠さん、その謎に満ちた活動の深層に迫ります。
駕籠真太郎さん、こんにちは。今日は色々なお話を聞かせてください。
はい、よろしくお願いします。
まず駕籠さんはただ漫画家というだけでなく、「奇想漫画家」と名乗られていますね。これにはどういった意味が込められているのでしょう?
「奇想」という言葉は、捉え方次第でいろんな解釈ができるんですよ。アイデア、絵、ストーリー......なにを「奇想」と捉えるかによって意味合いはまるで変わる。それで、いいなと思って。
この26年間で僕が描いてきた漫画には、ストーリーモノもあれば、ナンセンスギャグ、ミステリー、戦争モノ、政治モノ、あるいは4コマ、1コマと多岐にわたります。絵のタッチにしても、作品によって異なりますしね。ほかにも、ただストーリーに沿った絵を描くだけでなく、漫画そのもののあり方を新たな視点から見つめるような、そういった実験的取り組みもしている。だから単に漫画家というより、「奇想」とつけたかったんじゃないかなと。いま振り返ってみる分には、そのように思いますね。

漫画そのもののあり方を新たな視点から見つめる......それは具体的にどんな取り組みなのでしょうか?
たとえば仮に漫画のコマを立体的に見たとき、その世界はどう見いだせるか。あるいはコマの外に、本来は見えないはずの外界を見出したとして、そこにパラレルワールドを切り開いてみるとか......。漫画の構造そのものをいじる、ということをテーマに取り組んでみることがあります。

駕籠さんはなぜ、漫画という表現の道を選んだのでしょうか? というのも駕籠さんは現時点で漫画家のほか、映画制作、アニメ制作、フィギュア制作、数々の個展、イベント企画などなど、漫画家の枠を大きく超えて様々なことをされているからなのですが。
僕は元々、映画を撮りたかった人間なんです。でも映画は沢山の人で作るもの。今でこそ色んな人となにかをやるのも楽しめるようになりましたけど、昔は1人でできる漫画が楽しかったんでしょうね。それこそ中学時代から今日に至るまで、一貫して続けているのが漫画だった。もちろんそこには映画からの影響もありますし、映画は仕事をしながらも常々観るほど、いまなお自分にとっては大きな存在です。

駕籠さんは原画展も頻繁にされていますね。漫画家さんが個展を開催すること自体はよくありますが、頻繁ともなると、珍しいのではないかと思います。さらに個展中、来場者の似顔絵を駕籠さん自身が手がけられる、というイベントも開催されていますね。これは「特殊似顔絵」と呼ばれていますが、なにが特殊なんでしょう?
特殊というのは、「その人に似ているだけでなく、なにかエッセンスを追加してあげた似顔絵」ということですね。具体例を挙げると、頭がパカッと空いて、そこから風船やら音符やらが出てくるとか。お客さんの希望を聞いて、それに沿った似顔絵を描いてあげています。この数年で始めたことなんですが、おかげさまでいつも事前予約でスケジュールが埋まってしまうほど、皆さんに楽しんでもらっていますね。

漫画といえばモノクロの世界。色とはどのように付き合ってこられたのでしょう?
初期の頃は水彩絵具を使っていたんです。でもそれからしばらくして(アルコールマーカーの)コピックが使い勝手良いことに気づいた。ただ元々、カラーリングの技術はそれほど持ち合わせていなかったから、うまくは塗れなくて。そこで使い始めたのがパソコンでした。単行本の表紙絵やポスター、フライヤーといった1枚絵をやるようになってから、パソコンが効率良いと分かったんですね。
では今や、初めから最後までパソコンひとつで描き上げているのですか?
いえ、そうではありません。パソコンで着色するにしても、ラフスケッチやペン入れといった作業そのものは手作業のままなんです。やはりずっと手で漫画を描いてきただけあって、そこだけは譲れない。そうして出来上がったイラストの線画をスキャナーで取り込み、データ化する。僕の場合はそこから「フォトショップ」で着色していきます。よく「イラストレーター」を使われる方が多いと思いますが、僕は最初に使ったのが「フォトショップ」だったこともあり、いまだにそれは変わりませんね。
パソコンのメリット、デメリットはなんでしょう?
メリットは「ムラなく塗れること」と「グラデーションが綺麗なこと」。とにかく塗りの技術面をパソコンがカバーしてくれた。でもここ最近になって、また水彩絵具で手塗りすることが多くなって。やはり色塗りというのは楽しいもの。そういった「手作り感」はやっぱり手塗りということなんでしょうね。
駕籠さんが好きな色とは?
赤、青、黄などといった原色ですね。近ごろは、蛍光が入っているようなポップな色合いをよく使います。

先ほど、漫画の構造そのものを見つめ直すという話がありました。既成概念を破壊する―、これは並大抵の苦労ではないでしょう。温故知新という言葉もあります。駕籠さんがインスビレーションを受けた方がいらっしゃったら、教えてもらえますか。
まず、いしいひさいちさんが挙げられます。最近のいしいさんといえば、新聞誌における4コマ欄のイメージが強い。しかしかつては『がんばれ!!タブチくん!!』(※1)という作品が有名でした。当時、いしいさんといえば4コマ界の革命児。彼は従来の4コマ漫画における「起承転結」を解体してしまった。たとえば「起起起結」とか、「起起起起」とか、あるいは「結結結結」とか。単純にそれが面白かったし、4コマのスタイルを破壊するという衝撃があった。4コマ漫画の歴史では、いしいひさいち以前と以後で、分けてもいいほど。いま振り返ると、いしいさんは僕にとって大きな存在ですね。

この号ではインタビューと描き下ろし漫画も掲載され、駕籠氏が世界に紹介される大きなきっかけとなった
それから、大友克洋さんの『AKIRA』(※2)。それまでの漫画というのは、まずキャラクターの存在が大きくて、家やビルといった背景は「キャラクターが立つ場所」という記号的説明でしかなかった。だから簡略化されても、なんら問題がなかったんですね。だけど『AKIRA』では、絵のなかに描き込まれた情報量がとてつもなく多かった。たとえばそれ以前の、手塚治虫さんや藤子不二雄さんとは明らかにちがう。いわゆる、さいとう・たかをさんのような「劇画」とも違う。むしろ誇張を廃した、より実写に近い世界観。
具体的に言うと、建物ひとつとっても、ちょっとした汚れやヒビなどが克明に描かれている。それが建てられてから、どの程度の年数が経ってるものなのかとかがなんとなく分かるほど。つまり、背景そのものが圧倒的な存在感を放っているんです。あるいは宙を舞うホコリやチリ、空気感が仔細に描き込まれることによって、言葉による説明がなくても状況が読み込めてしまう。キャラやセリフが語らずとも、それ自体が物語として成立する背景。それについては、自分の漫画でも影響を受けていると言えます。
駕籠さんはそれこそ種々さまざまな作風を手がけられていますが、その一方で漫画家歴四半世紀を経てなお「ギャグ」という要素は一貫して採用されています。そのインスピレーションの源とは? 駕籠さんにとってのギャグとはなんなのでしょう?
それについては、モンティ・パイソン(※3)劇場版の存在が大きかったと思いますね。「タブーを笑いにしてしまう」―これがとにかく衝撃的だった。たとえば人の死が、とことんギャグのネタにされている。ほぼ同時期に読んでいて影響を受けた筒井康隆の小説にも同様のことが言えるんですが、本来なら笑ってはいけないようなことで笑いをとる。これは影響を受けました。

また同時期、藤子・F・不二雄の『異色短編集』(※4)という1冊に出会っていて。このなかに収録された「間引き」という短編ストーリーからも、相当な衝撃を受けています。物語の中では殺人事件が日常化していて、世間もそのことに鈍感になっている。なんとも非日常の設定ですが、その理由として、過去に比べて戦争や疫病、飢饉が減り、人々が大量に死ぬことがなくなってしまったからだと。そこで人口調整として、殺人事件が一種の自然現象として多発するようになったんだと。
本来ならネガティブに扱うべきはずの戦争、疫病、飢饉、そして殺人が肯定的に解釈されている。ひとつ見方を変えれば、人の価値観なんていともたやすく変わってしまう。この考え方は、自分の作品の根底にいまなお強く流れ続けています。
そんな駕籠さんの漫画、日本ではこの数年の認知拡大が目覚ましいですが、その一方で無視できないのが海外展開だと思います。駕籠さんの漫画はこれまでに韓国、イタリア、フランス、スペイン、ギリシャで各国語訳の本となり、今年は台湾版も出版予定です。世界35ヵ国展開のフリーマガジン「VICE」のカバーイラストや漫画連載が掲載され、アムステルダムでのスポーツブランド「k-swiss」とのコラボ個展、そしてスペインでの漫画賞の受賞......なんでも『キャプテン翼』の作者、高橋陽一さんと並んで受賞されたとか。
いやいや、スペインといえばサッカー大国。それだけで高橋さんは特別な存在ですから。僕のことはあくまで別として考えてもらえると......

それでも、高橋さんと同じ賞を受賞されたという事実は変わらないと思います。それって、ものすごいことだと思うのですが。
スペイン語版では、計4冊を出していて。その時は現地の出版社に呼ばれ、「Salon del MANGA de BARCELONA」という現地の漫画フェアでサイン会をやった。そのついでに、なんだかよく分からない賞をもらったというだけです。
敢えて言わせてもらうなら、スペインには(サルバトール・)ダリがいて、(パブロ・)ピカソがいた。つまりシュルレアリスムの文脈が根づいているんですね。それでウケたのかなと。フランスでも4冊を出してるんですが、フランスよりスペインの方が反応はいいですね。
意外なのは、英語版が出ていないことでした。その一方で、今年10月にミュージシャンのフライング・ロータスがリリースする最新作『You're Dead!』(※5)ではジャケットイラストを駕籠さんが手がけられています。アメリカにおける駕籠さんの認識、これは他国と比べても毛色が違いますね。
もしかするとアメリカでは、僕の絵はアートのカテゴリーで認知されているのかもしれませんね。フライング・ロータスの件は、彼自身がもともと僕の漫画を好きだったみたいで。通訳を通して、彼とスカイプでミーティングしたり、渋谷で会って話をしながら、あのジャケットイラストは作り上げていきました。
そのほか、オマケで19枚のイラストも描いたんですけど、それがネットでアップされたら、ものすごくウケたみたいで。こないだ個展でも、フライング・ロータスのファンから「こういう音楽が好きな人はこういう絵が好き」と言われて。アメリカはそっちからの流れがあるのかもしれないですね。

音から絵を想像する......それはどんな工程を経るものなのでしょうか?
今回はアルバムタイトルに『You're Dead!』(あなたは死んでいる!)とあるように、「死後の世界」がテーマになっていると言われて。そのイメージを下にいくつか描いたラフ画からフライング・ロータス自身に選んでもらった結果、顔に穴がすっぽり空いた男性の絵になったという感じですね。
アルバムには19曲入っていて、それぞれのイメージに合わせて描いたのが、さっき説明した19枚のイラスト。それらは音のイメージで描いてくれと言われたんですけど、歌詞でもあれば良かったものの、抽象的な音楽だからやりようがなくて。そこで〝なんとかドッグ〟(スヌープ・ドッグの意)がフィーチャリングされていたら、じゃあ犬を入れようとか、その程度でしたね(笑)。
そんなグローバルで活躍する駕籠さんが、10月25日から開催されるTOKYO DESIGNERS WEEKにおいて、東洋インキのブースを彩られますね。いま、その絵を手がけられている最中ですが、一体どんな〝奇想〟絵が産声を上げようとしているのでしょうか?
東洋インキさんの、色にまつわる多彩な活動を見て、そのイメージをひとつの世界に表現できたらと思いました。今回は5メートル×2メートルという大きな空間を彩ることができるので、自分なりに解釈した「奇想ワールド」を1枚絵に落とし込んでいる最中です。
とにかく子どもたちに楽しんでもらえたら嬉しいですね。今回のようなパノラマ絵というのは、誰よりも子どもが大好きなもの。絵のなかの道を、指でなぞったりするでしょう? そういうのも想定して、ちょっとした迷路のような構造にもしてあります。たとえば右端から道を辿っていくと、ちゃんと左に辿りつくとか。風変わりな乗り物や遊園地、ビルなんかもありますし、とにかく色んな要素を詰め込んでいるところですね。そういう仕掛けを施しているので、そういうのを見て楽しんでもらえたらなによりです。
※1......『がんばれ!!タブチくん!!』
プロ野球選手「タブチ・コーイチ」を主人公にした、いしいひさいちによるギャグ4コマ漫画。モデルは実在の野球選手、田淵幸一氏。『漫画アクション』誌に連載され、1979年に双葉社によって単行本全3巻にまとめられた。79年から80年にかけてアニメ映画3作品も手がけられ、当時は社会現象にもなった。
※2......『AKIRA』
目に見えない超能力による戦闘とその恐怖を、近未来の巨大都市を舞台に壮大なスケールで描いた大友克洋による近未来SFコミック。『週刊ヤングマガジン』にて1982年から90年にかけて連載され、88年には劇場アニメ化された。このアニメは、10億円という当時では破格の制作費をかけて作られたことでも話題を呼んだ。
※3......モンティ・パイソン
イギリスの公共放送局BBCにて1969年から70年代半ばまで放映されたテレビ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』をきっかけに、映画、書籍、舞台など幅広く活躍し、「コメディ界のビートルズ」と評されるほど当時隆盛を極めたコメディグループ。ここ日本でも76年から『空飛ぶモンティ・パイソン』吹き替え版がテレビ放送され、カルト的人気を博した。
※4......藤子・F・不二雄『異色短編集』
『ドラえもん』や『パーマン』、『キテレツ大百科』など子ども向けコメディ漫画を多く手がけた藤子F不二雄が、1969年から青年誌などで発表したSF短編を単行本化したシリーズ。当時ゴールデンコミックスから全6巻が刊行され、のちに00年から01年にかけて小学館から全八8巻に及ぶ112全タイトルのパーフェクト版が発刊された。
※5......フライング・ロータス『You're Dead!』
アメリカはカリフォルニア生まれの音楽家、フライング・ロータスが2014年10月に発売する最新アルバム。本作でフライング・ロータスことスティーヴ・エリソンは「無限に広がる死後の世界」という、サイケデリックな未知の領域に向かうシャーマン的巡礼の旅を見出す。本作では、ハービー・ハンコックやケンドリック・ラマー、キャプテン・マーフィー、スヌープ・ドッグ、エンジェル・デラドゥーリアン、サンダーキャット、ニキ・ランダがフィーチャーされている。
クリエイティブの源泉について語ってくれた駕籠真太郎さんが『Tokyo Designers Week 2014』にて東洋インキのブースを来場者の皆様と共に独自の奇想ワールドで彩ります。10月25日(土)から11月3日(月)まで明治神宮外苑絵画館前会場にて開催。また会期中、限定日時での抽選にて、駕籠真太郎さんが会場で特殊似顔絵を描いてくれるスペシャルイベントも予定しております。「1050+」公式FacebookやTwitterでの追加情報をご期待ください!
「 TOKYO DESIGNERS WEEK 2014 」出展案内
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プロフィール

駕籠 真太郎 / 奇想漫画家
http://www1.odn.ne.jp/~adc52520/
1969年、東京生まれ。1988年、漫画情報誌「コミックボックス」でデビュー。エログロ、ナンセンス、シュール、不条理、ブラックユーモアなどを得意とする。代表作に『万事快調』『六識転想アタラクシア』『パラノイアストリート』『かすとろ式』『フラクション』『アナモルフォシスの冥獣』など多数。最新単行本は『超動力蒙古大襲来』(太田出版)。